磨く

ダイヤモンドを磨くことが出来るのはダイヤモンドだけ
人を磨くことが出来るのも人だけである

「磨く」とは無数の傷を付けることなり

あなたの一番良かった時代は?

「今までの人生で、一番良かった時代はいつだった?」と聞かれたら
僕は「今」と答える。

去年もそう答えたし、来年もきっとそう答えるのだろう・・・

美しい心

『閉めない戸口』
 小さな村の小さな家に母親と娘が暮らしていました。
母親は日が暮れると、泥棒が来るかもと鍵をきっちり閉める人でした。
娘は母親のように田舎でうずもれてしまう生活が我慢できなくなって、ある朝、
「お母さんへ 親不孝の娘のことはどうか忘れてください」 と手紙を残して都会へ行ってしまいました。
しかし都会での生活は厳しくて、なかなか娘の思うようにはいきませんでした。
10年後、都会の生活に疲れた娘は、田舎に帰ってお母さんに会いたいと思い故郷へ向かいます。

 10年ぶりの帰郷でしたが、家は昔のままでした。
辺りはすっかり暗くなっていましたが、窓の隙間からはかすかな光が漏れていました。

ずいぶんと迷ったあげくに、娘はようやく戸口を叩きました。けれども返事がありません。
思わず取手に手をかけると扉の鍵が開き、部屋に上がってみると、
やせ衰えた母親が冷たい床の上に一人で寝ていました。
思わず娘は、母親の寝顔の横にうずくまると肩を震わせて泣きました。
その気配で気づいた母親は何も言わずに娘を抱きしめました。

 しばらくたって娘は母親に、
「今夜はどうして鍵をかけなかったの?誰か入ってきたらどうするの?」
と尋ねました。母親は優しい笑顔で娘に、
「今夜だけじゃないよ。もしお前が夜中に帰って来た時、
鍵がかかっていたらどこかに行ってしまうんじゃないか、
そう思ってこの10年間ずっと鍵をかけられなかった。」と答えました。
 その夜、母娘は10年前に時を戻し、鍵をきっちりかけ、寄り添いながらゆっくり眠りにつきました。
                 (小さな幸せに気づく24の物語 中山和義 著)

この母親の「心」に美しさを感じる。
「美しい心」とは「誰かに対し、強く真剣に思いを馳せる心」のことではないだろうか?

嫌な事があった時

「ありがとう」という言葉は魔法の言葉だ。
何か嫌なことがあった時でも、使うと効果がある。
人は嫌な事があると、嫌な気持ちになってしまう。
嫌な気持ちでいると、又嫌な事が起きてくる。
その不幸の連鎖を断ち切れる言葉である。

嫌な事があった時でも、他をちょっと見つめてみると、いい事も少しは起きているものだ。
それを見つめて「ありがとう」と感謝する事だ。
普通に思っている事、当たり前に思っている事に感謝できる良いチャンスなのだ。
嫌な事があった時は、「ありがとう」である。

秘密

優しさや素敵な行為は、そのいくつかは秘密にしておくのがいい。
それがいつか偶然発見されて、その時相手が喜ぶ姿を想像しているのが楽しい。

でも僕は黙っていられなくて、ついつい喋ってしまう。
何かひとつでも、ばれた時に嬉しくなるような、
そんな秘密を持っていたら、日々も楽しくなるだろう。

二人だけのバースデー

ある小学校の女の子が、クラスの子の誕生日会に行くのを迷っていました。
お母さんに
「みんなに嫌われている女の子から誕生日会に誘われたの。本当は行きたくないんだけど、行かなくてもいいかな?」
と相談しました。お母さんは「絶対に行きなさい!」と言って、クッキーを焼いて女の子に持たせました。

誕生日会に着きました。テーブルにはたくさんのコップやお菓子が用意されていましたが、まだ誰も来ていませんでした。しばらく誕生日の子と二人で話して待っていたのですが、時間になっても誰も来ません。30分が過ぎても誰も来ませんでした。誕生日の子は泣きそうな顔をしています。
 そのとき、女の子が誕生日の子に言いました。
「二人だけだったら、ケーキもお菓子も食べ放題だよ」
二人は笑いながら夢中になって、お菓子やケーキを食べ始めました。
 家に帰ってきた女の子がお母さんに、
「誕生日会、私一人しか来なかったんだよ。でも本当に楽しかった。一緒に遊んだらとても良い子だったよ」
と話しました。お母さんは
「最高の誕生日プレゼントを渡せて良かったね」
と言って、その子をきつく抱きしめました。

(大切なことに気づく24の物語)中山和義著

「優しさ」はこうありたいものだ。

お父さんの白い運動靴

結婚式の決まった娘さんのお父さんは義足をつけていました。でも娘の結婚式では、娘の手をとって式場に入りたいと思って歩行の練習を始めます。
 しかし、娘さんはそんなお父さんの姿を婚約者に見せるのが嫌でした。結婚式が近づくと、お父さんの練習はさらに熱心になって、どこからか白い運動靴を手に入れて歩行練習をしていました。
 娘さんもお父さんの気持ちは理解できるのですが、
「結婚式でお父さんが転んだらどうしよう・・・、その姿を見た嫁ぎ先の家族はどう思うだろう・・・」
と考えて悩んでいました。
 結婚式の当日、練習の成果もあってお父さんと歩くことが出来たのですが、フォーマルスーツ姿の父の足元が白い運動靴なのが変に思われないかと気になって仕方ありませんでした。

 それから数年後、お父さんが危篤という連絡を受けて、娘さんは病院に駆けつけました。お父さんは娘さんの手をとりながら、
「お前は夫を大切にしなさい。お父さんは結婚式でお前の手を取って式場に入る自信は正直に言うとなかった。でも、お前の夫が毎日のように訪ねてくれて、励ましてくれて・・・。転ぶと危ないからと、運動靴まで買ってきてくれたんだ」
と話しました。
 娘さんは胸がいっぱいになって、何も言えませんでした。

(イ・ミエ著 笛木優子訳)

「優しさ」はこうありたいものだ。